仏教は苦の真理から始まります。四苦八苦はよく知られています。生きる事は苦と提示されますと一瞬腰が引け、その通りだと、仕方なく納得します。
極論を言いますと、苦以外ないとも語るのが仏教とも言えます。ですから人気のない宗教かも知れません。仏教は同時に苦から抜け出す具体的方法も示しました。預流果はその到達点の合格の境地の始まりです。悟りの第1段階です。私達の苦しみの根元は渇愛にあり、無明が渇愛に暗闇で覆っている状態を各人の精励で抜け出す事を提案する教えです。
ですから預流果から阿羅漢まで精励努力すれば、誰でもいく事は可能です。
但し菩薩まで達するのは宇宙の始まりから終焉まで、数人とも言われます。ただ仏陀の存命中には、1000人以上の阿羅漢が認知されているようです。仏陀と言われる。類稀な教師の出現が、多人数の菩薩が誕生する幸運に恵まれました。
現在に生きる私達も智慧に基づき精励努力すれば、預流果に達する事は可能であると、言えるでしょう。法句経はその境地へ導く経典の1つです。